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横浜地方裁判所 昭和53年(行ウ)2号 判決

原告 林茂

被告 神奈川県神奈川県税事務所長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五二年四月一日付でなした別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)についての金一三万四二八〇円及び同目録記載の建物(以下「本件建物」という。)についての金三万二五八〇円の不動産取得税賦課決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は原告に対し、原告が昭和五一年一一月六日本件土地・建物(以下「本件不動産」という。)を取得したとして、昭和五二年四月一日付で本件土地について金一三万四二八〇円、本件建物について金三万二五八〇円の不動産取得税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。

原告は昭和五二年五月二三日本件賦課決定を違法として神奈川県知事に対し審査請求をなし、同知事は昭和五三年一月七日請求棄却の裁決をした。

2  しかしながら、本件賦課決定は、次のとおり、不動産取得の事実がないのにもかかわらず取得の事実ありとしてなされたもので違法である。

(一)(1) 原告は、昭和五一年二月当時、妻と別居し、同女と離婚の交渉中であつたが、その解決のため多額の金員の調達を必要としたので、将来、その金員を原告の実兄である林朋一から借り受ける際にその担保とする目的で(なお、右金員として、原告は、同年九月二四日林朋一から金六〇〇万円を借受けた。)同年二月二五日単に登記の上だけ、当時原告が所有していた不動産につき、林朋一に対し同年二月二四日売買を原因として所有権移転登記を経由していた。

(2) そして、昭和五一年一一月上旬ころ、原告は妻との離婚問題が解決したので、林朋一に対し、同人から借り受けた金六〇〇万円については、逐次分割して返済することとし、担保はこれを解消することを約し、同年一一月六日登記原因を錯誤として前記(1)の所有権移転登記の抹消登記を経由したものである。

(二) 右のとおり、本件不動産の登記名義は原告から林朋一に一旦移転しているが、原告と林朋一との間において本件不動産の売買をした事実もなければ、一時的にせよ所有権を移転する意思もなかつたのであるから、本件不動産の所有権は林朋一に移転しておらず、従つて、原告は林朋一から本件不動産の所有権を取得していない。

右所有権移転登記の抹消は、原告の真正な所有名義に回復したにすぎず、原告が林朋一から本件不動産を取得したとする本件賦課決定は違法である。

(三) 仮りに、(一)(1)の行為が譲渡担保の設定行為と認められるとしても、その行為は真に所有権移転の意思でなされたものではないから、原告の昭和五一年二月二四日になした譲渡担保権設定契約は、その意思表示に要素の錯誤があつた。従つて、原告から林朋一に対する譲渡担保設定の意思表示は効力がないから、同人から原告に対する所有権移転もありえない。

3  また、仮りに、被告主張のとおり、原告が林朋一から本件不動産を取得したとしても、右取得は、地方税法第七三条の七第八号に該当し、非課税であるから、本件賦課決定は違法である。すなわち、

(一) 地方税法が「不動産の取得」という社会的事実に対してその取得者に税金を課するのは、その事実の背後には一般的に担税力が存在するものと推定できるので、その取得者の担税力に着目していることによるものである。そして、その不動産の取得がたとえ譲渡担保の設定とその返還によるものであつても、譲渡担保権者が「二年」を越えて当該譲渡担保財産の担保力を掌握しているときは、実質的にも所有権の移転があつたのと同視しうるから、譲渡担保権者にも譲渡担保設定者にもその不動産の取得に担税力の存在を推認できるので、地方税法はこの両者に課税するものとしているのであるが、もともと譲渡担保の設定による譲渡担保権者への不動産の移転は、あくまでその原因となつている被担保債権の履行を確保するためのものにすぎず、その所有権の移転自体、手段的、形式的なものであるから、それが「二年以内」に譲渡担保権者から譲渡担保設定者に返還されたものであるときは、もはや実質的な所有権の移転があつたと同視することはできず、譲渡担保権者にも譲渡担保設定者にもその不動産の取得に担税力の存在を推定しえないため、地方税法は、あるいはこれを非課税とし(同法第七三条の七第八号)、あるいはこれを免除すべきもの(同法第七三条の二七の三第一項)としているのである。

(二) そうすると、非課税ないし納税義務免除を定めた右各規定は、「譲渡担保財産により担保される債権の消滅により当該譲渡担保財産の設定の日から二年以内に譲渡担保権者から譲渡担保財産の設定者に当該譲渡担保財産を移転」する場合と定めているが、いずれも「二年以内」に譲渡担保権者から譲渡担保設定者に当該譲渡担保財産が返還されるというところに意味があるのであつて、右要件を具備する限り、それが「被担保債権の消滅」によるか、又は両当事者の「合意解除」によるかは、これを問わないものと解すべきである。すなわち、地方税法第七三条の七第八号の「被担保債権の消減」とはいわば例示的なものであつて、譲渡担保契約の合意解除にも右規定の適用があるというべく、また、かように解したからとて租税法規の拡張解釈には当たらない(松山地方裁判所昭和四八年三月三一日判決参照)。

(三) ところで、(一)(1)の行為が譲渡担保の設定行為にあたり、(一)(2)の行為が譲渡担保権者から譲渡担保設定者に対し当該譲渡担保財産を移転する場合における不動産の取得と解され、原告が林朋一から本件不動産を取得したといいうるとしても、本件においては譲渡担保財産たる本件不動産が合意解除により譲渡担保設定の日である昭和五一年二月二四日から二年以内である同年一一月六日に譲渡担保権利者から譲渡担保設定者に移転したのであるから、地方税法第七三条の七第八号の規定により非課税とすべきものである。

しかるに、これを非課税とせず、本件賦課決定をなしたのは違法である。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)(1) 同2(一)(1)の事実は、原告が多額の金員の調達を必要とし、原告の実兄である林朋一から右金員を借受ける際にその担保とする目的で原告所有の不動産につき、その主張のとおりの所有権移転登記を経由したことは認める。原告と妻との間の事実は不知。

(2) 同2(一)(2)の事実は、原告と妻との離婚問題が解決したことは不知。その余の事実は認める。

(二) 同2(二)の主張は争う。

(三) 同2(三)の主張は争う。

3  同3の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件賦課決定に至る事実関係は、次のとおりである。

すなわち、

(一) 原告は昭和五一年二月当時本件不動産を所有していたところ、多額の金員借用の必要から林朋一に対し同月二五日本件不動産を担保とする趣旨で登記原因を昭和五一年二月二四日売買とする所有権移転登記手続をなし、その後同年九月二四日同人から金六〇〇万円を借受けた。

しかし同年一一月上旬ころ原告は林朋一と協議の上、右借受金は逐次分割の上返済することにして本件不動産についての担保契約を解約し、その所有名義を原告に復帰せしめることとし、同年一一月六日登記原因を錯誤として、右原告から林朋一に対する所有権移転登記の抹消登記手続をしたものである。

(二) なお、その間被告は原告から林朋一に対する本件不動産の所有権移転について林朋一に対し昭和五一年五月一日付で本件課税と同額の不動産取得税を賦課したが、同人は課税処分に不服がある場合は審査請求ができる旨の教示にもかかわらず審査請求をすることもなく、該不動産取得税の全額を納付している。

(三) また、不動産取得税については条例で取得の事実を申告することになつているが、現実には自主的に申告するものが少いため、多くは登記官署における登記名義の移動により課税対象を把握している。そして、登記によつても所有権の取得が客観的に見て明らかでない場合は、不動産取得税申告のしようよう等をし、申告書の提出があつた場合、又は所有権の取得が確認された場合に初めて不動産取得税を賦課することとしている。ところで、本件の場合も、原告が本件不動産を取得したかどうかが客観的にみて明らかでなかつたため、被告は原告に対し申告書を送付し、申告のしようようをしたところ、原告から昭和五二年二月七日申告書の提出があり、かつ不動産取得の事実を無効ならしめるような主張も立証もなかつた。

(四) 右のとおり、原告は林朋一に対し本件不動産を譲渡担保として提供し、同人から金員を借受けてその所有権を移転し、その後昭和五一年一一月六日右担保契約を合意解除し原告が林朋一から本件不動産の所有権を取得したものであるから、不動産取得税の課税対象となる。

2  右につき、原告は地方税法第七三条の七第八号に該当し非課税である旨主張するが、地方税法第七三条の七第八号は被担保債権の消減により二年以内に当該譲渡担保財産が譲渡担保権者から譲渡担保設定者に移転する場合を非課税とする旨規定しているのであり、本件の如く債権が存続するにもかかわらず当事者の合意により担保契約を消減させた場合まで含むものではない。すなわち、不動産取得税は、不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか否かに関係なく、所有権移転の形式による不動産の取得に対し、当該不動産所在の道府県において当該不動産の取得者に課する流通税であり、地方税法第七三条の七第八号の規定は、その中の一定のものだけを非課税とする創設的な非課税規定である。従つて、同号の「債権の消滅により」とあるのは、単なる例示規定と解すべきでなく、制限的な規定と解すべきであり、当事者の意思が介在する合意解除の場合までも非課税として規定したものではない。

3  そして、本件土地は課税標準額金四四七万六〇〇〇円、本件建物は課税標準額金一〇八万六〇〇〇円であり、その税率はいずれも三パーセントであるから税額はそれぞれ金一三万四二八〇円、金三万二五八〇円となる。

従つて、右の趣旨にでた本件賦課決定は適法になされたものである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1(一)  被告の主張1(一)の事実は認める。

(二)  同1(二)の事実は認める。ただし、林朋一が不動産取得税を納付したのは登記簿上形式的に所有権が移転されたことと、日時と費用をかけて僅少の課税を争うことをしなかつたまでのことで、真実その所有権の取得を認めたからではない。このようなことは行政上の取扱と一般の納税者の関係において多く例を見るところである。

(三)  同1(三)の事実のうち、被告が原告に対し申告のしようようをした事実は認めるが、その余の事実は争う。原告は昭和五二年二月七日被告から出頭を求められたので、被告の事務所に出頭したところ、被告職員から申告書を提出するよう求められたが、原告は林朋一から本件不動産の所有権を取得したものでない旨事情を述べて、その提出を拒否したところ、被告職員は本日呼出をなし、申告書の提出をなすよう求めた証拠とするだけであるからというので、その指示するままに申告書用紙に原告の住所氏名、勤務先の電話番号のみを記入して職員に交付したものであつて、原告が林朋一から本件不動産を取得した事実を認めて申告書を提出したものではない。

(四)  同1(四)の主張は争う。

2  同2の主張は争う。

3  同3の事実のうち、本件賦課決定の内容が被告主張のとおりであることは認め、その計算方法は争わない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこでまず原告の行為につき、地方税法第七三条の二第一項にいう「不動産の取得」の事実の有無について検討する。

1  成立に争いのない甲第五号証、甲第八号証、乙第一号証の三、四、原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証の一ないし四、甲第七号証の一、二、甲第九号証、甲第一〇号証、原告本人尋問の結果並びに当事者間に争いのない被告主張の1の(一)(二)の事実を総合すれば、つぎの事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五〇年ころから妻と不仲となり、同年一一月ころ次男を連れて、それまで家族と一緒に住んでいた本件建物を出て別居していたが、昭和五一年二月に至り、いよいよ妻との離婚を決意し、同月二七日家庭裁判所に離婚の調停を申立てるに至つた。

(二)  右調停申立に際し、原告は弁護士と相談したところ、離婚の為には多額の解決金を要するほか、相手方から本件不動産について仮差押などがなされることも考えられる旨告げられた。

(三)  そこで、原告は弁護士と相談の上、右解決金を岡山にいる実兄の林朋一から借りることを考え、併せて本件不動産の保全もかね、将来借金する際その担保とする目的で、昭和五一年二月二五日、同月二四日付売買を原因として原告所有の本件不動産を林朋一名義に所有権移転登記を経由した。

(四)  なお、被告は、右登記事実により林朋一が本件不動産を取得したものとして、同人に対し、同年五月一日付で本件課税と同額の不動産取得税を賦課したところ、同人はその旨原告に連絡し、原告はこれを自己が負担すべきものと考え、同月一二日右不動産取得税を全額納付した。

(五)  その後、昭和五一年九月二四日、右離婚調停がまとまることとなり、原告は林朋一から金六〇〇万円を借り受けた。

(六)  昭和五一年一〇月一九日、妻との離婚の調停が成立し、原告は同日離婚解決金の一部として妻に金六〇〇万円を支払い、同年一一月一日妻から本件建物の明渡を受け、次男と共に本件建物で暮すことになった。

(七)  その後、離婚問題も解決したので、原告は林朋一に対し本件不動産の登記名義を原告名義に戻すことの了解を求めたところ、前記借入金の返済はいまだなされていない状態ではあったが、もともと担保提供の話は原告の方から進んで持ち出したもので、林朋一自身は特に担保を条件として貸付けたものでなかったこともあつてこれを承諾し、昭和五一年一一月六日本件不動産につき錯誤を原因として前記原告から林朋一に対する所有権移転登記の抹消登記をするに至つた。

右認定に反する証拠はない。

2  右事実を総合すれば、離婚問題で係争中の妻から本件不動産を保全するため実兄の林朋一名義にしておく気持が一部原告にあつたことは否定できない(原告は本件訴訟において、執行免脱のため所有名義を移した旨の主張はなさない。)が、右1(三)認定のとおり、弁護士と相談の上で昭和五一年二月二四日本件不動産を売買の形式による担保に提供し、その後同年九月二四日に至り金六〇〇万円を借り受けたのであるから、法的には譲渡担保に該当し、昭和五一年二月二四日、本件不動産の所有権は、原告から林朋一に移転したものと認めるのが相当である。

3(一)  ところで、原告は右につき、真実、所有権を移転する意思はなかつたと主張し、前掲甲第六号証の三及び原告本人の供述中には右にそう部分があるが、右はいずれも法律上の見解を述べたものに過ぎないから、これを採用し得ない。かえつて前記1(四)で認定したとおり原告は、原告から林朋一に対する本件不動産の所有権移転登記後、林朋一に賦課された不動産取得税を何らの異議なく林朋一に代つて自ら納付しているのであるから、原告は右担保のためにする形式上売買も法律上所有権の移転を伴うものであることを了知していたと認められる。

(二)  仮に、譲渡担保の設定行為と認められるとしても、原告のその意思表示には要素の錯誤があつたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

4  そうすると、前記1(七)認定の原告と林朋一が合意して本件不動産の担保を解消し所有権移転登記の抹消登記手続をなした行為は、その形式のいかんにかかわらず、法律上は譲渡担保契約の合意解除とこれに基づく担保権消滅にともなう所有権移転登記の抹消登記と解するのが相当で、右合意解除により昭和五一年一一月初めころ、前示のように一旦林朋一に移転した本件不動産の所有権が再び原告に移転し原告は同人より本件不動産を取得したと認めるのが相当である。

三  次に、原告は「二年以内」に譲渡担保権者から譲渡担保設定者に当該譲渡担保財産が返還された場合にはそれが「被担保債権の消滅」ではなく「譲渡担保契約の合意解除」による場合でも地方税法第七三条の七第八号の規定に該当し非課税である旨主張するのでこの点について検討する。

1  ところで、不動産取得税は、不動産所有権の移転に際して、その取得者に課されるいわゆる流通税であり、不動産所有権の取得自体を税源とするものであつて、取得者が将来その不動産を使用、収益、処分することによつて得るであろう利益に着目しそこに担税力を認めて課せられるものではなく、不動産を取得する人は一般にほかにも経済的負担能力をもつているであろうという推定の上に立つて担税力を認めているのであつて、ここでの担税力の観念は所得税や収益税の場合のように現実的裏付けをもつたものではなく、もつと観念的なものである。従つて、地方税法第七三条の二第一項にいう「不動産の取得」とは、不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか否かには関係なく、所有権移転の形式による不動産の取得のすべての場合を含むものと解すべきであつて、譲渡担保についても、それが所有権移転の形式による以上、担保権者が右不動産に対する権利を行使するにつき実質的に制約を受けるとしても、それは不動産の取得にあたるものと解され、このことは地方税法第七三条の二七の三が譲渡担保による不動産の取得も同法第七三条の二第一項により課税の対象となることを前提としたうえで、例外的に納税義務を免除しあるいは徴収の猶予をすることがあることを定めていることからも窺知することができるのである(最高裁判所昭和四八年一一月一六日判決参照)。

また、このことは譲渡担保権者から譲渡担保設定者に当該担保財産を移転(復帰)させる場合も同様であつて、原則として不動産の取得に該当するとして、これに課税することとし、その例外として被担保債権の消滅が譲渡担保設定の日から二年以内になされる場合にのみ非課税とすることを規定したのが地方税法第七三条の七第八号であると解するのが相当である。

なお、地方税法の不動産取得税の節に譲渡担保に関する規定が設けられたのは昭和三六年法律第七四号による改正をもつて嚆矢とする(従つて、同法律による改正前は譲渡担保設定の際も、譲渡担保権者から譲渡担保設定者に復帰する際も、いずれも所有権移転ありとして不動産取得税が課せられていたのである。)が、当時は前記の如く非課税又は免除する場合を設定の日から一年以内に被担保債権が消滅した場合とされており、その後昭和三七年法律第五一号によつて、二年以内と改正されたものであり、右規定は譲渡担保の実体に着目した政策的創設的な意味をもつ規定なのである。

2  右のとおり、地方税法第七三条の七第八号の規定が被担保債権の消滅により譲渡担保設定の日から二年以内に譲渡担保権者から譲渡担保設定者に当該譲渡担保財産を移転する場合における不動産の取得を非課税としたのは、それが形式的な所有権移転で前記のような担税力を推定し難いとする趣旨にほかならない。すなわち、もともと譲渡担保の設定による譲渡担保権者への不動産の移転は、あくまでその原因となつている被担保債権の履行を確保するためのものにすぎず、その所有権の移転自体、手段的、形式的なものであるから、地方税法は譲渡担保権者が二年を越えて当該譲渡担保財産の担保力を保有しているときは、なおそこに実質的にも所有権の移転があつた場合と同様の担税力があるものと推定しうるので、譲渡担保権者にも譲渡担保設定者にもその不動産の取得に課税することとし、二年以内に譲渡担保権者から譲渡担保設定者に譲渡担保財産が返還されたときは、もはや実質的な所有権の移転があつた場合と同様の担税力があるものとは推定できず、同法第七三条の七各号に掲げられている場合と同様、形式的な所有権の移転にあたるとして非課税措置に出たものといえる。

ところで、原告は、地方税法第七三条の七第八号にいう被担保債権の消滅により譲渡担保財産が移転した場合とあるのは、いわば例示的なものであつて、譲渡担保契約の合意解除による移転をも含むと主張する。確かに、形式的な所有権の移転については担税力が認められないことから課税しないとする右規定の立法趣旨からみれば、二年以内に譲渡担保財産が譲渡担保権者から譲渡担保設定者に移転するについて、その原因が被担保債権の消滅により譲渡担保権者の担保権が消滅する結果移転する場合と、被担保債権が消滅するか否かにかかわりなく移転の原因となる譲渡担保契約の合意解除の場合(本件はこれにあたる。)、さらには譲渡担保権者が当該譲渡担保権を放棄する場合などとの間に差異があるとは認められないし、これを本件についてみれば、譲渡担保権者である林朋一は被担保債権の弁済を受けることなく譲渡担保契約の合意解除に応じているのであつて、そこに被担保債権消滅による場合に比してより担税力があることを推定し得るとはいい得ないであろう。しかしながら、前説示のように、右規定は、不動産取得税についての非課税を定める例外的創設的規定であるから、かような租税法規の解釈にあたつては、これをみだりに拡張して解釈することは許されないところ、右規定は、非課税の要件として、譲渡担保設定者が「担保される債権の消滅」により譲渡担保財産を取得した場合と規定しているので、原告主張の「合意解除」がこれに該当しないことは明らかである。前示のとおり、譲渡担保契約の合意解除など被担保債権の消滅によらずに譲渡担保財産が移転する場合も、被担保債権の消滅による場合と同様に形式的な所有権の移転にすぎないとはいえ、いかなる場合に形式的な所有権の移転であるとして非課税とするかは、前説示のように昭和三六年法律第七四号による地方税法改正前は譲渡担保設定の際の所有権移転についても、被担保債権消滅による譲渡担保権者から譲渡担保設定者への所有権移転についても、いずれも所有権移転ありとして不動産取得税が課せられていたのが、同法律改正によつて一年以内に被担保債権が消滅した場合に限り課税の猶予、免除ないしは非課税とされ、さらに昭和三七年法律第五一号による同法改正によつて右の期間が二年以内とされたのが、立法政策に基づくものであるのと全く同様に、専ら立法政策上の問題であつて、本件のような合意解除による場合も地方税法第七三条の七第八号にあたるとする原告の主張は採用できない。

してみると、地方税法第七三条の七第八号の規定は、同条に規定するとおり、譲渡担保設定の日から二年以内に「譲渡担保財産により担保される債権の消滅により」譲渡担保債権者から譲渡担保設定者に当該譲渡担保財産を移転した場合のみを非課税とする趣旨を規定したものであり、前記二1(七)認定の担保契約の合意解除による場合までも非課税とする趣旨ではないと解するのが相当である。

四  以上説示の理由により、前記二認定の場合に、被告が原告に対し不動産取得税を賦課したことは適法である。

そして成立に争いのない乙第一号証の一、二によると本件不動産の課税標準額が被告主張のとおりであることが認められ、これに不動産取得税の税率三パーセント(地方税法第七三条の一五)をかけて税額を算出すると、税額はそれぞれ被告主張のとおりとなる。

そうすると、右と同旨にでた本件賦課決定は適法であつて、何ら違法の事実はない。

五  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川正澄 三宅純一 桐ケ谷敬三)

物件目録〈省略〉

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